東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)33号 判決
事実及び理由
一 前掲請求の原因のうち、原告に実用新案権のあるその主張の考案につき、被告の登録無効審判請求から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて判断する。
(一) 本件考案の要旨について
本件考案の明細書中、右登録請求の範囲に「二重織りの通気性を有する化繊織布で胛被1・1を形成前胛をV字形に切截し伸縮体2を縫合3せしめ履口部周縁内側に伸縮帯4を縫着5し足踵の曲線と一致せしめた曲線とした靴踵6を有する胛被を接地底7に吊込みしスポンヂクツシヨン中底8上底9を設け胛被、接地底接縁にテープ10鬼けり11などを貼着して成るスポーツ靴の構造」と記載されていることは当事者間に争いがなく、右記載を成立に争いのない甲第二号証(本件考案の公報)により認め得る右明細書の考案の詳細な説明及び本件考案の図面に照して検討すると、本件考案の要旨は右登録請求の範囲記載のとおりに解するのが相当であるから、審決のこの点の認定に誤りはないというべきである。
原告は審決が本件考案の要旨をその明細書の登録請求の範囲記載のとおり認定したことを非難するが、実用新案法第五条第二項、第四項の規定の趣旨に徴すれば、むしろ、考案の要旨はその明細書の登録請求の範囲に記載された技術的事項に外ならず、基本的にはその記載により認定さるべきものである。勿論、登録請求の範囲の記載を合理的に解釈するため、そこに表われている技術用語ないし技術的事項で不明確なものの正しい意味内容を考案の詳細な説明の記載の参酌によつて確定することは当然許容されるが、考案の詳細な説明に記載されていても登録請求の範囲に記載のないことを加えて考案の内容を理解することは、考案の要旨認定の範囲を逸脱することになるから、とうてい許容されない。そして、原告が本件考案の要旨としてその登録請求の範囲の記載に加えるべきものと主張する事項のうち、胛被のV字形切込みを限定する趣旨の「爪先部の先端中央をV字形の頂点とし、その両端は側面胛被の履口部の頂縁と連結するような」という事項はその明細書のどこにも記載がなく、また胛被の材質たる化繊織布を限定する趣旨の「例えば東洋レイヨンの商品名パイレンなどの」という事項及び伸縮体の位置、材質を限定する趣旨の「切込部分に三角形状の左右に伸縮するゴム織などの」という事項は、右明細書の考案の詳細な説明に記載はあつても(ただし、「三角形状」という点の記載はない。)、本件考案の実施例の説明にすぎないものと解され、いずれも、本件考案の要旨を規定するものとはなし難い。
(二) 次に、本件考案と第三引用例のものとの対比について
1 第一ないし第四引用例にはそれぞれ審決認定の記載があることは当事者間に争いがない。原告は審決が第一ないし第四引用例の考案ないし発明の要旨をなおざりにして右事項だけを本件考案と対比したとして非難するが、審決のように右事項を公知技術として対比の用に供するのに妨げがあるものではない。
2 本件考案と第三引用例のものとの間に原告主張のような構成及び作用効果上の差異の有無
(V字形の切截)
(1) 本件考案において、原告主張のように、前胛が爪先部の先端中央に及んでV字形に切截され、したがつて左右に分割されていることについては、その明細書中、登録請求の範囲にその記載がなく、考案の詳細な説明にも「胛被の前部にV形の切込を設ける」との記載があるに止まり、また、本件考案の図面の記載上もその切込みのV字形頂点が爪先部の先端中央に及んでいるとはみられないから、本件考案の前胛のV字形切截を原告主張の構成のものと解することはできない。原告は、右明細書の登録請求の範囲における「胛被1・1を形成」との記載をもつて、そのような構成の根拠とするが、右記載から直ちに原告の主張を肯認することはできない。したがつて、本件考案と第三引用例のものとが前胛のV字形切截の構成において差異があるとする原告の主張は採用することができない。
(伸縮体)
(2) 次に、本件考案において、原告主張のように、伸縮体が前胛のV字形切截部分のみに独立して縫合されていることについては、右明細書中、登録請求の範囲からこれを読みとることができず、また、考案の詳細な説明にもそのように解される記載がないから、前胛間の伸縮体の縫合が原告主張の構成のものであると解することはできない。したがつて、本件考案と第三引用例のものとが前胛と伸縮体との縫合の構成において相違するとする原告の主張は採用することができない。
(履口部の構造)
(3) また、本件考案における履口部の構造として、その前面がV字形切截部分に縫合された伸縮体に接している点で第三引用例のものと同様の構成であることは原告の自認するところであり、その伸縮体の両端が原告主張のように胛被の頂辺に接していることは本件考案の図面によつて認めることができるが、成立に争いのない甲第三号証(第三引用例)によれば、第三引用例のものにおいても履口部前面に位置する伸縮体の両端は胛被の頂辺に接していることを認めるに難くないから、この点の両者の構成にも差異はない。そして、本件考案において履口部が原告主張のように前面のほかは胛被の頂辺に接していることについては、本件考案の明細書中、登録請求の範囲からこれを読みとることができず、考案の詳細な説明にもそのように解される記載がないから、履口部の胛被との関係位置が原告主張の構成のものであると解することができない。したがつて、本件考案と第三引用例のものとが履口部の構成(ただし、足つかみ装置の点を除く。)において相違するとする原告の主張もまた採用することができない。
3 本件考案と第三引用例のものとの間に存する構成上の差異に対する評価
(履口部周縁の構成)
(1) 第三引用例のものが履口部周縁に足つかみ装置を設けたのに対し、本件考案がその周縁内側に伸縮体を設けた点に両者の構成上の差異があることは当事者間に争いがなく、第三引用例における足つかみ装置が胛被の上端に取付けた一つの縦方向の端のある弾性材料のU字形の細長い切片を具え、その細長い切片が足入れ口の方向に延長され、その足入れ口の上方に、少しは内方に延長している延長片が胛被の上端から間隔をあけた位置に取付けられていることは原告の自認するところであるが、前出甲第三号証によれば、その足つかみ装置は履用者の足をしつかりとつかむため弾性のもので形成されていることが認められるから、これらの事実から推せば、第三引用例のものは、足つかみ装置により、履用時に靴が足部によく密着し、運動しても足に無理が生ぜず、飛びはねても靴が脱げず、靴の屈伸、歪みが自由であるという作用効果を生じるものであることが認められる。したがつて、仮に本件考案が履口部周縁内側に伸縮体を設けたことにより原告主張のような作用効果を奏するとしても、これをもつて独り本件考案に特有のものとすることはできない。なお、原告は、本件考案が靴をあたかも足の皮膚の一部であるように足の運動、歪みに一致させることを目的とすると主張するが、本件考案がそのような目的を有することについてはその明細書に記載がなく、右明細書にはスポーツ靴の提供をその目的とする旨の記載があるにすぎないから、原告の右主張は前記のような作用効果の発生を目的とすることを誇張したものと解するほかはない。
(材質の選択)
(2) 次に、胛被の材質について、本件考案と第三引用例のものとの間に審決認定の差異があることは当事者間に争いがなく、前出甲第二号証によれば、本件考案は、二重織りの通気性を有す化繊織布で胛被を形成することを構成としたことにより、強靱で、履用中、足蒸れしないため悪臭がなく、保健衛生上有効であるという作用効果があることが認められるが、第一、第二引用例に審決認定の記載があることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第五、第六号証によれば、第一引用例の通気靴に用いられる合成繊維織布は強靱で通気性を有し、第二引用例の履物に用いられる接結二重織別珍も通気性にすぐれ、足蒸れによる悪臭がないことが認められるから、本件考案のような使用上の作用効果をもたらす材質の選択は、第一、第二引用例により当業者が極めて容易に考え得る程度のものというべきである。なお、前出甲第二号証によれば本件考案の胛被材料により原告主張のような屈伸性、柔軟性、伸縮性の面の作用効果が生じることについては、その明細書のどこにも見当らないから、本件考案にそのような作用効果があるとして評価することはできない。
(靴踵の曲線)
(3) また、靴踵の曲線の形成について、本件考案と第三引用例のものとの間に審決認定の差異があることは当事者間に争いがないが、前出甲第二号証によれば、本件考案の靴踵の曲線を形成する構成については、その明細書中、登録請求の範囲に「足踵の曲線と一致せしめた曲線とした靴踵」、考案の詳細な説明に「踵部は足踵の曲線に一致せしめた」と記載されているに止まり、それ以上に具体的な記載がないところ、第四引用例に審決認定のように、二枚の踵当片の弧状部を突合わせて丸味を形成することによつて足踵の曲線に一致させた靴踵の履物の記載があることは当事者間に争いがないから、その靴踵形成技術をスポーツ靴に適用して本件考案の靴踵をうることは当業者の極めて容易に考え得る域を出ないものというべきである。
(三) 最後に、本件考案のもたらす作用効果の評価について
前出甲第二号証によれば、本件考案は原告主張のようにスポーツ靴について最高の機能を発揮しうるものを提供するため、考案の要旨に規定された構造を採用し、それなりに相当の作用効果を奏することが認められるが、その作用効果が考案の個々の構成によりもたらされるものの総和を超えた格別顕著なものであることについては、これを肯認すべき証拠がない。
(四) 以上のとおりであるから、審決の認定、判断を誤りとする原告の主張は、結局、すべて排斥を免れず、本件考案は第一ないし第七引用例から極めて容易に推考しうるものというを妨げない。したがつて、これと同様の理由により、本件考案を実用新案法第三条第二項の規定に違反して登録されたものとしその登録を無効とすべきものとした審決の判断は正当であつて、違法ということができない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。